セカイはやさしさとかなしみに満ちている、って。

何年か前、そんなふうに思ったことがある。
いまもやっぱり、そう思うかな。


やさしくしてもらえない、かなしさ、
やさしくできない、かなしさ、
それがすべての悲惨を生み出すんじゃないだろうか。
やさしくできること、
やさしくしてもらえること、
それがすべての喜びを生み出すんじゃないだろうか。


オーラソーマで「リターンジャーニー」という言葉を読んで、
「還暦」という日本語を思い出した。
還暦を過ぎてからリターンジャーニーが始まる。
自分のうちにはぐくんできたもの、その結果を持って新しく始まる人生。
40,50、は洟垂れ小僧、って、つまりそういうことなんだろう。


両親も歳をとって、叔父や叔母も歳をとって、
亡くなった人もいるし、それぞれだけど。
やっぱり、還暦を過ぎると、もう、自分がそこまで生きてきた生き方が自分に返ってきているな、と、感じるのだ。


30代、40代でもそういうことはあるけれど、まだ修正が効く。
60歳、もうそれは無理だ。やった分しか返ってこない。


母方の祖父母が亡くなったとき、私は孫でも下のほうだからあんまり直接的な思い出は少ないのに、泣けてしょうがなかった。
それは、あの二人がいかに人にやさしくしてきたか、それが身内に限らない、お葬式に来る近所の人や色々な関係の人たちの表情から感じられたから。


祖母は飲食店をやっていて、
食べることが好きで、
それ以上に人に食べさせるのが好きだった。
戦後の大変な時期、近くにある大学の学生はみんなお腹をすかしてた、っていうそんな時代、
とにかく、若い男の人が腹空かせてるのがたまんないらしく、
お金なんか殆ど取らないで大盛りにごはんを盛って食べさせていたという。
このことは、よく、おばさんたちが言っていた。
「あたしたちだってお腹すいてんのに、もう、おばあちゃんたら、こじきだろうがなんだろうが、食べなさい、食べなさいって!!」
食い物の恨みにもなってたりして 笑


それが、どこでどうやって聞きつけたのか、
その時の学生が数人お通夜に現れたのだ。
「ほんとに、おばちゃんにはお金の無い時に食べさせてもらって」
って。


いくら東京の下町とはいえ、一人の平凡なおばあさんが亡くなったことがそんな人たちに伝わるなんて殆ど奇跡だ。
人徳、なんだな。人徳って、こういうものなんだな。
幸せに生きてきた、証だな。


そして、今私の横で365日欠かさない朝の体操をやりはじめた父がいる。
いったいどういうわけなんだか、どうしてこんなことになってるんだか、
私は彼が亡くなっても、欠落感で悲しむことはないだろう・・・・私だけじゃない、きっと誰も。
「この人はこんな生き方しかできなくて、それしかなくて、なんて不幸せな人生だろう・・・・」
そういう涙が止まらないだろう。
もう、変わらない、彼のリターンジャーニーは孤独だ。
当然だ。人を寄せ付けないできたんだから。
父に振り回されて子供たちにも振り回されて、いろんな人に振り回されて、苦労ばっかの母、
でも、母は十分に幸せだ。
不満も愚痴もいっぱいあるけど、
幸せだ。




アズラエルが終わった。
相変わらず両親は冷戦中。
なるべくしてなってるんだ。
他に道は無いんだ。


なぜか、そんなことを感じるワークだった。
コーラルのテーマ、「報われない愛」
報われません。
私も、母も、父も、そして弟も、
でもそれがわたしたちなんだ。
いいとか、悪いとか、そういうことじゃない、
ただ、そういうものなんだ。